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【アラベスク】  第18章 恋愛少女



第2節 休日の午後 [7]




 瑠駆真は、私を帰してはくれないような気がする。
 まさか、そんな大袈裟な。
 だが、一度沸いた不安は、そう簡単には拭えない。
「あの、私、ラテフィルへ行くだなんて、そんなトコロへは」
 しどろもどろと答える相手に、メリエムはニッコリと笑う。
「もちろん、今すぐに答えて欲しいとは言わないわ。じっくり考えてもらって構わない。時間もあるし」
「あの、でも」
「なぁに?」
「でも私、ラテフィルだなんてところへはとても行けそうになくって」
「なぜ?」
「だって、ほら、夏休みっていったら、受験勉強もしなくちゃならないし、それに」
 ふと沸いた言葉を無造作に口にする。
「受験勉強? あぁ、大学へ入るための準備ね。何? ミツルは大学へ進学するの?」
「え?」
「進みたい大学があるの?」
「え? あ、それは」
 言葉に窮してしまった。
 進みたい大学。そんなモノは無い。
 言葉を濁し、結局は黙り込んでしまった相手に、メリエムは笑顔と困惑を浮かべたまま少し首を傾げる。
「あら、何? 何か?」
「あ、いえ」
 小さく首を振る。
「そう?」
 当然、納得はしていないようだったが深く追求する事もしなかった。今日はこれだけ、長い話になってしまってごめんなさいねなどと言いながら、ミルクティーを飲み干した。
 外に出ると、夕暮れが迫っていた。
「長い時間つき合わせてしまって本当にごめんなさいね」
「いいですよ。別に予定もなかったし」
「今日の話、じっくりと考えてみてね」
「はぁ」
「それから、私に呼び出された事、ルクマには話してもいいわよ」
「え?」
「別に隠す事でもないし。むしろこちらが本気でルクマを呼び寄せようとしているって態度がわかってもらえるんだろうから、知られた方がかえって好都合かも」
「瑠駆真って、そんなに嫌がってるんですか?」
「嘘だと思うのなら、直接本人に確認してみるといいわ。話をしようとするだけでも一苦労なんだから」
 うんざりとしたように腰に手を当てる。
「放課後にちょっと付き合ってっていうだけでも大変」
「あ、そういえば、しばらく学校の方にも来てたみたいですね」
「えぇ、よく知ってるわね。もしかして、私を見かけたとか? 声でも掛けてくれればよかったのに」
「あ、いえ、そうではなくって、噂で」
「噂? あぁ、なんだかトンデモナイ噂が立ったみたいね。私がルクマの付き人だとか、ルクマの花嫁を探しているだとか」
「そうみたいですね」
「私の娘をぜひっ なんて言い寄られたりして、ビックリしたわ。日本では当たり前のコトなの?」
「あはははは」
「いきなり英語で話しかけられたりもしたのよ。まぁ、もっとも、この姿では日本語が話せるようには見えないかもしれないけれど」
「そう言えばメリエムさん、日本語上手ですよね」
「あら、そう?」
「はい、変なナマリも無いし」
「ちゃんと日本人に教えてもらったからじゃないかしら」
「そうなんですか? どこで?」
 日本語学校にでも通ったのだろうか?
「難民キャンプでよ」
「え?」
「私、ほら、内戦で家族を亡くした難民でしょ? そこにボランティアで活動している日本人の若者が居たのよ」
「あぁ」
 海外で活動している若者の事だろう。
「日本の事もたくさん教えてくれて、面白い人だったわ。大好きだった」
「え?」
「あぁ、好きっていうのはLOVEとは違うわ。なんていうのかしらね。好感を持っていたというだけ」
「あ、そうですか」
「懐かしいわ。あの人、どうしているのかしら?」
 夕焼けに視線を向ける。美鶴は掛ける言葉も見つけられず、しばらくその姿に付き合った。二分ほどで、メリエムは思い出したようにハッと向き直る。
「あら、ごめんなさい。遅くまで付き合わせた上に変な話までしてしまって」
「いえ、別に」
「お詫びにちゃんと送っていくわ」
「え、いえ、いいですよ」
「あら、でも」
「家はすぐそこですから」
「そう?」
「はい」
 美鶴は小さく会釈をし、背を向けた。
 そうして歩き出そうとする姿に、メリエムが乗り出すようにして声を掛ける。
「あのっ」
 少し大きく、どこか切羽詰ったような、思いつめたような緊張を感じて、美鶴はビックリした。背後にメリエムが居る事はわかっていたのに、まるで突然声を掛けられたかのような気がした。
「な、なんですか?」
 少し跳ねたような心臓を押さえるようにして振り返る。
「あの、あのね」
 声を掛けてしまってそれでも躊躇(ためら)う。一呼吸して、唇を舐める。
「あの、ルクマの事、ごめんなさいね」
「へ?」
 面食らう。
「瑠駆真の事って」
「違うの。今回の、この件、ラテフィルの件じゃなくって」
「えっと」
「だから、あの」
 少し言いにくそうに視線を落とす。
「あの、クリスマスの頃の、いえ、クリスマスより少し前だったかしら、その、ルクマの部屋で」
 クリスマス。瑠駆真の部屋。
 カッと、全身が火照るのを感じた。(まと)わり付くような圧迫感が甦り、今度こそ心臓が激しく鼓動する。
 何も答えられない相手。メリエムが少し慌てる。
「ごめんなさい。変な事を思い出させるような事を言ってしまって。でも、本当にあれは悪い事だったと思ってるから、だからちゃんと謝らなければいけないと思って」
「べ、別にメリエムさんが悪いワケじゃ」
「でも、やはり保護者としては謝罪すべきだわ。本当はちゃんとルクマの傍で監視すべき立場なのに」
「か、監視って、そんな」
「いえ、あの、そんなつもりでは。そうよね、ルクマもあなたも立派な人間なのだし。でも、でも日本の法律では、あなた達はまだミセイネンという立場なのでしょう? やはりルクマには保護しなければならない人間が必要で、私やミシュアルはその義務があって、本来は同居して彼が問題を起こさないように努めなければならないはずなのに。それに私は、血は繋がってはいないとはいえ、ルクマの姉にあたるワケだし」
「あ、姉?」
「あら、言わなかったかしら。私はミシュアルの養女なのよ。だからルクマとは姉弟」
 聞いたっけ? 聞いたような気もするが。







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